小栗旬、第2章始動で感じた心の移ろい “戦友”たちへの思いも告白【「フロントライン」インタビュー】
2025年5月26日 12:00

世界規模で人類が経験した新型コロナウイルスを、事実に基づく物語としてオリジナル脚本で映画化した日本で初めての作品「フロントライン」が、6月13日から封切られようとしている。主人公の災害派遣医療チーム「DMAT」指揮官・結城英晴に息吹を注いだのは、名実ともに日本を代表する俳優となった小栗旬。「罪の声」以来5年ぶりの単独主演となった小栗が、まだ生々しさの残る題材の今作にどう挑み、“戦友”たちといかに向き合ったのかを語った。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)
物語の舞台は2020年2月3日に横浜港に入港し、その後、日本で初となる新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」。乗客乗員は世界56カ国の3711人。横浜入港後の健康診断と有症状者の検体採取により、10人の感染者が確認されたことで、日本が初めて治療法不明の未知のウイルスに直面することとなった。当時、日本に大規模なウイルス対応を専門とする機関は存在せず、急きょ対応することになったのは災害医療を専門とする医療ボランティア的組織のDMAT(Disaster Medical Assistance Team)だった。

DMATとは、医師、看護師、医療事務職で構成され、大規模災害や事故などの現場におおむね48時間以内から活動できる専門的な訓練を受けた医療チーム。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストだが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない医師や看護師たちだった。
今作の企画、脚本、プロデュースを務めたのは、「劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」で知られる増本淳プロデューサー。企画のきっかけは、クルーズ船に入船した医師との会話。「その医師が語ってくれた船内の実態は、世の中に知られていないことばかりで、驚くべきことや涙なくしては聞くことのできないエピソードの連続」だったという。増本氏は約半年をかけてDMAT、厚労省、自衛隊、消防署、警察、クルーと乗客に取材を敢行。最終的に取材メモは300ページを超える厚さになり、これを基にこれまで知られることのなかった船内のエピソードを丁寧に脚本にまとめ上げていった。

筆者が最後に小栗を取材したのは5年前の「罪の声」「ゴジラvsコング」までさかのぼるが、「罪の声」インタビュー時に「自分は芝居以外で何か大きな声を出して主張したいという考えが、もともとない。こういう作品に参加できる、ある種の問題提起というか、考えるということを与えられる作品に出るというのは、仕事に対して誇りを持てることではある」と話している。
今作は、まさに「誇りを持てる」要素が多分に含まれているが、だからといって主演に臨むに当たっての強い覚悟は必要なかったという。そこには、“盟友”ともいえる増本氏の存在が浮上する。
「増本さんが色々な人に取材を行い、決定稿の前段階の脚本にたどり着ている時点で、相当な覚悟を決めて書いていることは十分に感じられました。日本ではそういった題材を描いていても、気が付いたら違う名前のものになり替わっている……みたいなことが多々あるなかで、真っ向から対峙しようとする姿勢はすごいことだと思いました。だから僕としては、DMAT隊員のモデルとなった阿南英明先生(地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長)や近藤久禎先生(DMAT事務局次長)にお会いし、その時どのような心境だったのか、何を一番大切にしたのかをうかがうなかで、自分の演じる結城という役を構築していくことにだけ集中しました」
自らの役どころに関しても、「19歳で初めてご一緒して以降、増本さんとお仕事をしてきたなかで、これまでであれば仙道のような役をいただくことの方が多かったんです。ただ今回は結城役をやってほしいと言われ、脚本を読み込んでいったのですが、もし自分が結城という役で作品世界に存在するのなら、絶対に脚本に書かれている仙道は窪塚くんで観たいと思ったんです」と明かす。

仙道とは、DMATの立ち上げに尽力したひとりである仙道行義を指す。DMATの事務局・局次長を務めるNo.2で実働部隊のトップ、そして徹底した現場至上主義という役どころだ。小栗は、自らが製作サイドに窪塚洋介を提案した経緯を語り始めた。
「今までなかなかタイミングに恵まれず一緒にできなかったのですが、聞くだけタダだしと思って連絡してみたら今回はタイミングも良かったうえに、窪塚くんが増本さんの書かれた脚本から最前線で戦った人へのリスペクトを感じ取ってくれて、ぜひ一緒にやりたいと言ってくれた。結城と仙道の関係って、互いに認め合う戦友みたいなもの。自分としては、憧れ続けてきた窪塚洋介という男が船の中で戦ってくれているんだと思うと、絶大な信頼をもって臨めるという思いがありました」
「GTO」以来26年ぶりの共演となった2人にしか成立し得ない“火花”の交差は、今作にとって大きなアドバンテージとなったことは言うまでもない。そして、作品の根幹となる更に2人の“戦友”についても嬉々とした表情を浮かべながら、現場で対峙した日に思いを馳せてくれた。
ひとりは最前線で治療にあたるDMATの隊員・真田春人役に説得力を持たせた池松壮亮、もうひとりは厚生労働省から派遣されてきた役人・立松信貴に息吹を注いだ松坂桃李だ。

「池松くんとは今回、ご一緒したのは2シーンだけなんです。他の作品を観ていても常々思っていましたが、セリフを言っている感じがしないんですよね。どんなに演技巧者だと思う人でも、時々セリフに聞こえてしまうことってあるんです。実際に話しているときに口語としては出てこないんじゃないかというセリフも時にあるのですが、池松くんの口から出てくると本当にその人の言葉として出てきたんだろうなという印象を観る者に与えるというのは、唯一無二のものでしょうね。
松坂くんが演じた立松という男は当初、いけ好かない印象を抱かせるのですが、このいけ好かなさが絶妙でした。最初は業務としてやってきましたという雰囲気をまとっているのに、向き合ってみると彼の中にある静かな炎みたいなものが見えてくる……、という部分をすごく丁寧にやってくれたおかげで、立松の揺れている胸中を拾うことができた。ただ、松坂くんと何かを話し合ったかというとそんなことはなく、まずは互いにやってみて、そこから微調整をしながら徐々に関係を築き上げていった感じです」

当時の医療現場の焦燥感は、筆舌に尽くしがたいものがあっただろう。小栗らキャスト陣も、リアルと言わないまでも追体験するようなスケジュールで撮影の日々を過ごしていったようだ。
「最初の1週間で、県庁に設置された対策本部のシーンを一気に撮り切ってしまっているんです。水戸の市役所を借りて撮ったのですが、僕らも対策本部に約2週間詰めたのと同じような感覚で、約1週間みっちり追い込まれながら撮影していた感じでした。その後に船の現場チームも10日間くらいで撮り、それが終わってから松坂くんと池松くんはバスのシーンに突入していきました」
小栗を前回取材した5年前は、先の見えないコロナ禍に突入して間もない頃だった。その際、「5年後は43歳。自分の中での漠然とした目標ですが、45歳くらいまでに場所を問わず色々な環境で仕事をしていられるようになっていたいなあと思っています」と語ってくれている。この5年間で、自身を取り巻く環境にも変化があったなかで心境にも変化はあっただろうか。

「心境の変化といえるほどのものは、あまりないかもしれませんね。日本のスタッフもいましたが、韓国制作でハン・ヒョジュさんと去年撮った『匿名の恋人たち』が10月にNetflixで配信されますし、ヨン・サンホさんがエグゼクティブプロデューサーと脚本を兼ねた『ガス人間』も先日撮り終えました。5年前よりも色々なものが身近になった感覚はあります。当時は色々なところで活躍したいと思っていましたが、今はどちらかというと日本国内であっても環境を整えてしっかりしたものを作れば世界に届く環境になったと思うので、そこで無理はしなくてもいいのかもしれないな、という心境にはなっているかもしれません」
また、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のクランクインを目前に控えていたこともあり、「大河で1年以上、ひとつの役をやり切った時に、すぐに芝居がしたいかしたくないか、ちょっと分からないなと思っているんです。ちょっとキャッチーな表現をすると、『小栗旬の第1章』が終わる気がしているんですよ」と胸中を吐露。この「小栗旬の第1章」という強いワードは、取材で顔を合わす監督や俳優陣から現在でも話題のひとつとして挙げられるほどのインパクトを放った。

既に第2章へと突入している小栗の眼前には今、どのような光景が広がっているのか聞いてみたくなった。
「『鎌倉殿の13人』では、自分が今までやってきたことを出し尽くした感じだったので、すぐ後に『ジョン王』という舞台はありましたが、10カ月ほどお休みをいただいたんですね。『匿名の恋人たち』で復帰というか次の段階に入ったのですが、今は海外の方々と仕事をするうえでの面白さと同時に、文化の違い、言葉の違いという面での難しさもあると痛感しているところなんです。
『ガス人間』では、ヨン・サンホさんが書いた脚本を日本語に直し、さらにそれをセリフに直すという作業があって、これがなかなか難しい。色々な方とお仕事をしたいというのは大前提としてありますが、文化や価値観の相違を埋めるのにはもっとコミュニケーションが必要だなと感じている部分でもあります」

この後は、2026年放送のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」に織田信長役で出演し、仲野太賀や池松らと相まみえる日々が控えている。小栗が自らに対して「肝に銘じている」ことはあるのだろうか。
「俳優業においても、社長業においても、自分ひとりで背負い切ろうとしないというのは、肝に銘じていることかもしれません。誰にだって得意、不得意はあるので、自分が不得意な部分については、得意な人にやってもらった方が良いじゃないですか。そこは恥ずかしがらず、すぐにパスすると心がけています」

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執筆者紹介

大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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