We Live in Time この時を生きて : 映画評論・批評
2025年6月3日更新
2025年6月6日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
刻一刻と流れ続ける時間の中にある特別なモーメント
長い刑期を終えた青年が変名して新生活を始める。程なく、交通事故に遭った女性を助けたことで本名が知れ渡ることになりメディアの標的にされる。「BOY A」(2007)でジョン・クローリー監督の現場に臨んだアンドリュー・ガーフィールドは、その切実な演技で英国アカデミー賞テレビ部門主演男優賞を受賞した。その後、クローリー監督はシアーシャ・ローナンを主演に迎えた「ブルックリン」(2015)で世界の観客に大きな共感をもたらした。
2019年、グレタ・ガーウィグ監督がオルコットの名作小説を映画化した「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」で、フローレンス・ピューは次女ジョー役のローナンと共演した。末っ子のエイミーを自然体で演じた彼女は、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、名実ともに演技派俳優として一目置かれる存在となった。

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誰にでも同じように与えられている時間を私たちは生きている。刻一刻と変わる時の流れの中で、人々は出会い、つながりあっている。
ジョン・クローリー監督の「We Live in Time この時を生きて」(2024)は、移りゆく時間の中に生まれる、特別なモーメントを静かに見つめる。
物語は至ってシンプルだ。ある夜、離婚を決意したトビアス(アンドリュー・ガーフィールド)が、シェフとして自分の店が開業間近のアルムート(フローレンス・ピュー)に轢かれる。まさかの交通事故である。慎重で押しが弱い彼と自由奔放に生きる彼女、あり得ない状況で出会ったふたりは互いに惹かれ合う。価値観が異なり衝突することも多々あるが、やがて彼の望みである娘が生まれ家族三人の暮らしが始まる。そんなある日、アルムートの体内で癌が再発していることが分かる。彼女に残された時間はあと僅か、その時ふたりが選んだのは…。
積み重ねられていくふたりの時間を描くために、監督が特にこだわったのが地域性を出さないこと。ロンドンを舞台にしている本作だが、敢えてロンドン然とした街並みではなく、裏通りのどこにでもありそうなエリアで撮影を進めた。これは絵空事ではなく、我々と地続きにある日常を描く等身大の物語なのだ。
編集のジャスティン・ライトは、出会いから家族へと成長していくふたりの物語を3つの時制を交錯させて紡いでいく。クリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」(2016)のように陸海空の3つの時制が同時進行する劇的な表現ではなく、出会いからの数年間と、余命宣告されてからの半年間、そして我が子誕生の長い一日、3つの時制が互いに漂いながらつなぎ合わされている。時の中で移ろいゆく感情を包み込むかのようなブライス・デスナーの音楽も効いている。
主演のふたりもこれまでにない役柄に挑戦している。脚本のニック・ペインが「お互いに心に幾重もの“かさぶた”ができている30代で出会わせた」と指摘する通り、がむしゃらな青春期ではなく、自分の価値観に忠実に生きようとする、分別のある男女を演じている。アンドリュー・ガーフィールドは「これほど内省的で繊細なキャラクターを演じるのは初めて」だと明かし、高級レストランで猛トレーニングしたフローレンス・ピューは、臆することなくワンテイクで丸刈りになった。
日課のジョギングから戻った朝、生みたての卵でオムレツを作る。取り立てて贅沢なことではないけれど、彼が微笑んでくれるだけで特別な気分に包まれる。きっと今日も穏やかな時間が流れることだろう。時々刻々、すべてが異なる時間を積み重ねて、私たちは生きている。
(髙橋直樹)